2026.01.22
野島を愛する三世代が集い、伝統行事と防災を学ぶ特別な一日が開催されました。
炎を囲み、無病息災を願う「どんど焼き」から、津久美浜での凧揚げまで。地域コミュニティの絆が、島の安全と伝統をどのように守り継いでいるのか。心温まる当日の様子を詳しくレポートします。
🗂️目次

冬の澄んだ空気が満ちる令和8年1月16日(金)、野島小中学校のグラウンドにて、「三世代防火訓練」が実施されました。
離島という限られた資源の中で暮らす野島では、火災は最も警戒すべき事象の一つです。
訓練には、野島小中学校の児童・生徒、教職員、保護者だけでなく、地域の方々も「見学」という形で多数参加されました。
消防署員の指導は、非常に実践的です。火災発生時の初期対応、特に消火器の正しい使い方や、周囲への声掛けの重要性が説かれました。
こどもたちは緊張した面持ちで消火器を手に取り、的に向かって放水を行います。その姿を、かつて島の安全を支えてきた年配の方々が温かく、時には頼もしげに見つめているのが印象的でした。
野島には商店や自動販売機がありません。こうした「自分たちの手で整える暮らし」があるからこそ、住民同士が互いの存在を気にかけ、助け合う「共助」の精神が自然と育まれています。
防火訓練は、単なる技術の習得以上に、世代を超えて「自分たちの島は自分たちで守る」という強い意志を共有する、野島にとって欠かせない教育の場となっていました。

防火訓練の後は、古くから伝わる伝統行事「どんど焼き」が行われました。まず、生徒が清めのお神酒を周囲に丁寧にまき、先生の手によって点火されます。乾燥した冬の空気に、パチパチとはぜる竹の音が心地よく響き渡りました。
炎が勢いを増すと、参加者たちは持ち寄った書初めや輪飾りを次々と火の中へ投じます。今回は安全面を考慮し、紙が火を保ったまま遠くへ飛ばないよう、あらかじめ少し丸めてから火にくべる工夫を凝らしました。
習字の紙が高く舞い上がれば「字が上手になる」と言い伝えられており、子供たちは自分たちの作品がパチパチとはぜる音とともに空へ昇っていく様子を、願いを込めて見つめていました。
火が落ち着き、柔らかな置き火に変わる頃、お楽しみの時間がやってきました。昨年11月に島内の畑で自分たちが収穫したサツマイモの登場です。アルミホイルで丁寧に巻かれた芋を灰の中に埋め、じっくりと熱を通していきます。
焼き上がった芋を割ると、黄金色の湯気が立ち上り、ふんわりと優しい甘い香りが漂いました。島外から訪れる際は、食べ物を持参することが必須の野島ですが、この日ばかりは自分たちで育てた自然の恵みと人の温もりが、何よりのご馳走となりました。



一日の締めくくりは、学校からほど近い「津久美浜」へ移動しての凧揚げです。児童・生徒、教職員、保護者がそれぞれ趣向を凝らして自作した凧を手に、浜辺へと集まりました。野島の北東部に位置するこの浜は、対岸に周南市の街並みや島影を遠くに望む、開放感あふれるスポットです。
当初、浜辺は驚くほど穏やかで、風がほとんど吹いていない状態でした。こどもたちは凧を揚げようと、必死に浜辺を駆け抜けます。何度も挑戦し、息を切らしながらも「次こそは」と空を見上げる姿に、周囲の大人たちからも熱い声援が送られました。
自然を相手にする遊びの難しさと、思い通りにいかないからこそ生まれる工夫を、身をもって体験しているようでした。
諦めかけたその時、瀬戸内海から心地よい冬の風が吹き抜けました。その一瞬のチャンスを逃さず、一人、また一人と糸を操ると、色とりどりの凧が見事に冬空へと舞い上がりました。青い海と空の境界線に、個性豊かな凧が並ぶ光景は、まさに圧巻の一言。
風を待つ忍耐強さと、それを掴み取った時の喜び。野島の自然は、教科書では学べない大切な感情を教えてくれました。
🚩まとめ
防火、伝統、そして遊び。野島での一日は、単なるイベントの枠を超え、島に生きる人々の「繋がり」を再確認する貴重な時間となりました。お店も自動販売機もないこの島には、利便性の代わりに、五感を研ぎ澄ませて楽しむ豊かな暮らしが今も息づいています。
もし野島を訪れる際は、飲料水と軽食を忘れずに準備し、三田尻港からの定期船に揺られてみてください。そこには、忘れかけていた日本の原風景と、温かな島民の笑顔が待っています。